リレーエッセイ5月
京都への想い 日隈典子
私が日本で一番好きな地は京都です。
おそらく、世界中でも一番好きな場所かもしれません。
私が最初に京都を訪れたのは、高校の修学旅行の時でした。
当時は、歴史に特別な興味があったわけでもなく、ただ有名な観光地を巡る、そんな感覚だったと思います。
しかし、銀閣寺を訪れた瞬間、空気が変わりました。
華やかな金閣寺とは対照的な、静かで質素な佇まい。
整いすぎていない庭、控えめな建築、静寂の中にある緊張感。
その場に立った時、なぜか言葉にできない感動を覚えました。
時が止まったような、そんな不思議な感覚でした。
それ以来、私は京都という場所に強く惹かれるようになりました。
大学生になってからも、社会人になってからも、何度となく京都を訪れています。
訪れるたびに、新しい発見があり、行くほどに好きになっていく場所です。
京都には歴史的な世界遺産が数多くあり、「世界の京都」と言われるほどの観光都市です。
圧巻の舞台造りに心を奪われる清水寺。
石と余白で構成された世界観が美しい龍安寺の石庭。
渡月橋から眺める四季折々の景色が印象的な嵐山。
朱色の鳥居がどこまでも続く伏見稲荷大社。
修学院離宮の計算された日本庭園。
南禅寺三門から望む京都の美しい景色。
建仁寺の天井画が放つ迫力と静けさ。
また、建築や庭だけでなく、町全体に流れる空気にも魅力があります。
俵屋旅館の控えめで品のあるしつらえ。
季節を感じさせる設えと、静かなもてなし。
鍵善の葛切りの透明感と、凛とした空間の美しさ。
京都では、華やかさよりも、静けさが心に残ります。
主張するのではなく、語りすぎない。
完成させすぎず、余白を残す。
そこには、日本独特の美意識である「侘び寂び」があるように思います。
侘び寂びとは、不完全さや儚さ、静けさの中に美を見いだす感性です。
豪華で整いきったものだけを美しいとするのではなく、欠けたもの、古びたもの、移ろいゆくものに心を寄せる美意識です。
古い木の艶。
錆びた金属。
風化した石。
色あせた布。
時間の経過によって生まれる、経年変化の美しさがあります。
それは新品では決して得ることのできない、深みのある魅力です。
侘び寂びは「足す文化」ではなく「引く文化」だと思います。
装飾を重ねるのではなく、余分なものを削ぎ落とし、本質を残す。
完成させすぎないことで、見る人の想像を促し、空間に奥行きを生み出します。
散る桜に美しさを感じる心。
古い器を愛おしむ心。
静かな空間に満たされる、静寂の美を敬う心。
そうした感性が、京都という街の中には自然に息づいています。
また、京都の魅力は「時間の重なり」にもあると感じています。
何百年も前に建てられた建築が、今も当たり前のように街に存在し、
その隣で現代の暮らしが続いている。
古いものを壊して新しくするのではなく、
受け継ぎながら、少しずつ変化していく。
その積み重ねが、京都独特の空気感を生んでいるのだと思います。
訪れるたびに、派手なものではなく、静かな美しさに心を動かされます。
目立つものではなく、控えめなものに魅力を感じるようになります。
京都は、感性を整えてくれる場所なのかもしれません。
京都を歩いていると、日本人の美意識の原点のようなものに触れている気がします。
先人たちが大切にしてきた、静けさ、余白、時間、自然との調和。
そうした価値観に触れるたびに、
「日本人でよかった」と、改めて感じさせてくれます。
何度訪れても、新しい美しさに出会える。
季節ごとに表情を変え、訪れる人の感性によっても印象が変わる。
京都という街は、完成された観光地ではなく、
今もなお、静かに変化し続ける美しい文化そのものだと思います。
そんな京都が、私は大好きです。





