リレーエッセイ6月

日々是好日       石井美代子

犬も私もまだ若かった頃の話。 お気に入りの散歩道があった。 白川のほとりをゆっくりと歩く。
犬はもっともっと歩きたい。水にも入りたい。ちらちらと様子をうかがいながら川のほうに近づいていく。 お互いの呼吸を感じ 許し 許され タイミングを計る。 心地よい楽しい時間。

満足して帰る道筋の木立の中に小さな家があった。 いつもなんとなく気になる家。
開け放してありさわやかな風が吹き抜けていた。 人影はない。 
家横の軒下の物干しに使い込まれた手拭いが2枚ピンと張って干してあった。
どんな方の家だろう。
一度おばあさんを見かけた。 風が香る中 庵のようなさっぱりとした部屋のなかに小さな背中を見せ川に向かって座っておられた。 やわらかいゆったりとした時間に包まれているようだった。
どのような人生を送ってこられたか。 
身の周りを清潔に保ち無駄もなくそして健やかに暮らす。祖父や父がそうであったように 自分の日課を寡黙に果たしていく生き方。今日もよい一日であった と感謝の中で眠りに就く日々。

どれくらい経っただろう。犬と共にあった生活は終わった。気が付いた時には木立も家もなくなっていた。 確かにあった。 つつましく穏やかで満ち足りていたあの佇まい。 あの風の吹き抜ける通る家。 思い出す度にあたたかな夢の中にいるようなこころもちになる。 日々是好日。