リレーエッセイ2月

夜咄(よばなし)の茶事   篠原 眞砂子

 リレーエッセーの順番が回ってきた。11月の例会終了後、委員長に言い渡された。しかし困ったことに、年のせいか昨今は何事にも感動をしなくなり書く事柄もなくテーマに困っていた所、師走に夜咄の茶事のお招きを頂いた。
 夜咄の茶事は夜の時間が長くなる冬至の時期から二月頃にかけて冬の風情を楽しむ茶事である。当日は暗闇でも目立つ白い綸子の着物を着て出掛けた。夕暮れ時に始まり夜遅くまでその間一切電気を使用せず蠟燭や昔ながらの油の灯りを使う幻想的な世界をどっぷりと体現する事となった。
 到着して寄付よりつき待合で身支度を整えると冷えた体を温める生姜入りの葛湯を頂いた。そして手燭てしょくを使って外腰掛待合そとこしかけまちあいへ出たら、そこは薄明りの中に浮かぶ露地で幽玄な世界を醸し出していた。しばらくして、亭主と正客の手燭の交換が始まり、いよいよ一人ずつのお席入りです。つくばいを使った後、蠟燭の明かりを頼りに順に席入りをしていき、床の間と手前座の拝見を終えて定座ていざに座ります。頃合いを見て亭主は襖を開け挨拶を交わしていきます。終わると早速、薄茶を一服頂きます。この薄茶は前茶ぜんちゃと呼ばれ、寒い中おいで下さったお客様に温まっていただく夜咄ならでは、の心使いです。初炭しょずみ手前が始まりました。私は炉縁ろぶちで感じる炭の温かさ、赤く燃える炭の美しさ、パチパチとなる炭の音に風情を感じながら、茶室に広がる清らかな香の香りで心も体もリラックスしていきました。次は亭主の心のこもった手作りの懐石料理のおもてなしが続きます。千鳥の盃で歓談をしたのち懐石が終わり、主菓子を頂いた後一旦茶室を出て小休止(仲立ち)となります。
 再び亭主の鳴り物の合図でお席入りです。初座しょざの席とは様子が変わった床の間と手前座の飾り付けを拝見して定座につきます。ここからが茶事の一番のクライマックスです。和やかな雰囲気から一転して無言の中張りつめた空気が茶室内を引き締めます。聞こえてくるのは釜の湯が煮え立つ音と茶筅の音だけ。亭主はこの日のために用意した最高のお茶を練って行きます。茶事のごちそうは空間の演出とその日お招きしたお客様に向けた道具の取り合わせです。その上で美味しいお濃茶の一服をいただくための茶懐石がありお菓子があるのです。クライマックスが終わりいよいよ茶事は終盤へと流れていき、続き薄茶を頂きながら楽しいおしゃべりが始まります。緊張した空気は一転して和やかな雰囲気となり、冬の静けさを感じながら夜長を楽しむ茶事は終わりました。
 以上、私が初めて体験した夜咄の茶事でした。昼の茶事とは異なる独特のものだけの記述ですので、一般的な箇所は省略致しました。前回のリレーエッセーの当番は2020年2月でした。さて、次の当番の頃、私は元気で何かに感動などしているのでしょうか・・・・