リレーエッセイ8月

ピアノ   浅原百合子

小学2年生の夏、終戦でした。現在の上天草市大矢野町で生まれ育ち、長崎原爆のキノコ雲が今でもこの目に焼き付いています。
幼少の頃から歌が好きで、皆に褒められて歌っていました。天草の小学校にオルガンが1台あったと思います。小学3年生の夏、「熊本の店にピアノがあったから買って来た」と大喜びでピアノを買ってくれた父。それからは、歌よりもピアノに熱中して、東京の音楽学校に行く予定で中学、高校ではピアノ一筋に頑張りました。高校2年の夏、父から東京の大学には経済的にやれないので熊本の大学に行ってくれと言われ、その時からピアノを完全に止めて勉強に打ち込みました。
熊大法文学部英文学科で教師の免許を取ったものの、一度も使う事もなく結婚、出産、医院開業、4児の子育て、医院の管理、等々・・・しかも主人の晩年は居間にあったピアノの音がうるさい と、殆ど開ける事すらありませんでした。2年前 結婚生活60年で92才の主人を自宅で見送り、一人で生活する様になりピアノに触れ始めた時、パソコンの中山由紀子先生がバイオリンを弾かれる事が分かり、伴奏曲を頂くと、途端に拍車がかかり夢中で弾いていたりします。新しい曲のオタマジャクシを一つ一つ音に変えて曲になり練習を重ねるごとに弾ける様になり、美しい曲になっていくのが嬉しくて、とても充実した楽しい時間を過ごしています。現在「愛の挨拶」、「愛の夢」、「愛の賛歌」等、愛シリーズ、他 色々。歌の伴奏もしますので歌いに来て下さい。ピアノソロでも一曲完成したいと思い発表会で弾いた事のある曲の中からショパンの「幻想即興曲」ウエーバーの「舞踏への勧誘」を出してみましたが、なかなか手ごわくて、何時になったら完成するか未定です。
90才で発表会でも開こうかな?