リレーエッセイ2月

こころの風景   高柳 和 

私の「心の風景」と考えると、それこそ幼い日、毎年家族と訪れていた佐賀県唐津市
の海を思い出す。その頃は、唐津城近くの西の浜が、遠浅の浜辺だった。
いつも城内の綿屋旅館に、1週間近く滞在し、その旅館の同じ年頃の姉妹と、
食事も遊びも一緒。時には西の浜の浜辺で、寄せては返す波に、すぐに壊される
砂の塔を、競い合って作ったり、町にでかけたり、旅館の庭の小さな無数のカニを、
追いかけたり、花火大会をしたり、時には旅館の有名な宿泊者を、こっそり覗いたり
とにかく朝から、暗くなるまで、今から考えると、よくまあ一日中遊んだものである。
そのために日焼けで真っ赤、水ぶくれになり、かゆくて知らずに掻くと、水ぶくれ
が破けて ブシュブシュとしょっぱい水が一緒に流れて皮がむけた。
そんなある日、仕事の為に 唐津に行く時と帰る時の迎えの時しかいない父が、
珍しく一日中 私たちと過ごしてくれた。
怖がりの私は、それだけ海で過ごしているのに、とんと金槌で、波打ち際から
なかなか沖に出て泳げない子だった。その日、そんな私を父が自分の背中に乗せ
少し沖の方まで泳いでくれた。父の背中は、濡れてつるつるして、滑り落ちそうで
私は怖くて怖くて必死にしがみついていた。浜辺に戻ってよく見ると父の背中には、
私の爪痕が真っ赤にくっきり残っていて、父が「痛かー」と笑っていたのを、
思い出す。懐かしい一日だ。
今では、西の浜は、堤防ができ潮の流れが変わって、もう泳げないそうである。
結婚して佐賀にいる時間より何倍も熊本で過ごしているのに、夏の海というと、
やっぱり、唐津の海を、思い出してしまう。