リレーエッセイ3月
―春光日々新ーすみれの花のように、静かに、力強く 北野 晶
春の陽ざしが、ようやく熊本の大地を柔らかく包みはじめた。阿蘇の山々は淡い霞をまとい、水前寺公園の梅がほころびを見せ、街角には沈丁花の甘い香りが漂いはじめる。この季節になると、私はいつも胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じる。次々に新しい命が芽吹くこの春の季節になると、少し肌寒いような時でも外に出て陽の光を浴びて思いっきり空気を吸い込みたくなる。
振り返れば、私がすみれクラブの扉を叩いてから、12年という歳月が流れた。入会当初、例会の場でひとりひとりが真剣に語り合い、笑い合い、そして涙を共にする先輩方の姿に、私は深く打たれた。ボランティアとは義務や奉仕という言葉の向こうにあるものではなく、人と人との温もりそのものなのだと、このクラブが教えてくれた。以来、例会のたびに学び、活動のたびに成長させてもらいながら、私の人生はこの場所に支えられてきた。
国際ソロプチミスト熊本・すみれクラブは、一九八七年に認証を受けて以来、四十年近くにわたって「女性と女児のために」という理念を掲げ、この熊本の地で奉仕の灯を燃やし続けてきた。世界121の国と地域に7万2千人以上の会員を擁する国際的なボランティア組織の一員として、地域に根ざした活動でグローバルな声を発信し続けている。「すみれライセンス基金」による女性の自立支援、デートDVの啓発活動、パープルリボンプロジェクトによるDV根絶への取り組み、女性ならではの視点で社会の痛みに正面から向き合うその姿は、熊本という土地に深く根ざした奉仕の精神そのものだと感じる。
なかでも忘れられないのは、2016年4月、熊本地震が私たちの街を震わせたあの夜のことだ。震度7の本震が二度重なり、街は瓦礫と静寂に包まれた。誰もが恐怖と不安の中にいた。それでも会員の皆さんはそれぞれの傷を胸に秘めながら、いち早く「今、私たちに何ができるか」と動き出した。被災した女子高校生の進学支援金、南阿蘇の母子世帯への緊急援助、そして過去の「夢を生きる賞」受賞者へのお見舞い。数字にすれば何十名、何百万円かもしれないが、その一つひとつに込められた思いの重さは、計り知れない。さらに2012年の九州北部豪雨、2020年の7月豪雨と、幾度もの試練が熊本を襲うたびに、このクラブは迷うことなく被災した方々に寄り添い続けた。嵐の中でも萎れないすみれの花のように。まさに日本でも有数の、しなやかで強い女性ボランティア組織だと、私は誇りをもって言い切れる。
思えば熊本という土地には、古来より「肥後もっこす」と呼ばれる実直で一本気な気質とともに、困っている人には迷わず手を差し伸べる温かな奉仕の精神が、脈々と根付いていると私は思う。不知火の海が育んだ慈悲心、阿蘇の大地が刻んだたくましさ、それらが重なり合って、熊本の人々の心の底には「共に生きる」という強い意志が宿っている。すみれクラブの四十年の歩みは、まさにその精神の最も誠実な体現であると私は思う。
かつてこのクラブが推薦し、国際ソロプチミストアメリカ連盟の最優秀賞を受賞した女性の言葉が、今も私の心に響き続けている。「自分の足で歩む人生は充実している」。その力強い言葉は、困難の中で前を向こうとするすべての女性へのエールであり、同時に、私たち会員ひとりひとりへのメッセージでもある。私たちは、その言葉を贈られた側でもあり、またその言葉を次の世代へ手渡していく役割を担う者でもある。
四十年という長い歳月をかけて、このクラブの礎を築いてこられた先輩会員の皆様へ。そして今この瞬間も、共に笑い、共に悩み、共に歩んでくださっているすべてのメンバーの皆様へ。皆様から受け取ったあたたかさ、ひとつひとつの言葉、背中で示してくださった生き方に、心から尊敬と感謝の気持ちをお伝えしたい。皆様がいてくださるから、私はこの12年間頼りない活動で心苦しくもあるが、確かな歩みを続けることができた。
窓の外には、春の陽が柔らかく降り注いでいる。すみれの花は小さく、けれど凛として、土の上に静かに咲く。その香りは主張せず、それでも確かに、遠くまで届く。私たちの活動もそうありたい。誰かの足元を、静かに、しかし確かに照らし続ける光でありたい。





